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2007年11月25日 (日)

トラウマなのかなぁ・・・

 放置の間にもたくさんのメッセージ頂いて有り難うございましたm(__)m

 毎日ここにも来てたし、皆さんのコメントも見てたし、ブログも見に行ったりしてたんですけどコメントも中々書けなくて済みませんでした

 まだ復活には程遠いけど、徐々に元通りになれるかなぁって感じです

 ここ数日の間の事って言うと親が風邪引いて寝込んじゃってる以外は大した事はないんですけど、翌日にお袋に付き添って貰って病院にタクシーで行って、頓服の薬をそれまでのレキソタンからランドセンっていうのに変えてもらったんですよ

 このランドセンって家に帰ってから調べてみたら別の製薬会社からはリボトリールっていう名前で出てて、これは前に頓服としてじゃなくて常用薬として出てた薬で、特に不具合もなかったんで安心です

 で、この日、つまり21日の夜なんですけど、夕食後に1人で部屋にいたら落ちてきたんで少し横になってたんだけど、だんだんヤバくなってきて起きられなくなったんで、お袋を呼んで早速ランドセンとお茶を持ってきてもらったんだけど、この間に頭の中には一気に昔死んだ猫や子猫たち、スズメの事、親父の事なんかが頭を駆け巡って不覚にも泣き出しちゃったんですよ

 お袋が背中をさすってくれてる間、うちの犬は何故か飛び跳ねてたです(ーー;)

 お袋が背中をさすってたんで、犬も一緒に背中をなめようとしてたらしいですが

 俺的には涙を舐め取ってくれた方が感動だったです

 この思い出したことってね、どれも少なからず俺に責任があることなんですよ

Dcf_0004 猫はね、家で飼ってたメス猫なんだけど、よくオスに追いかけられてたんですよ

 その晩も俺は寝てたんだけど、ねこが追いかけられてる声が聞こえてた気がするんですよ

 それで、いつも俺の部屋から出入りしてたし、その晩も逃げてきたけど冬だったんで窓を閉めてて、入ろうとして鳴いてる声を聞いた記憶があるんですよ

 でも、俺はそのまま起きなくて、翌朝も翌日も帰ってこなくて、いくら呼んでも探しても見つからなくて・・・

 普段あいつが行かない幹線道路のところで撥ねられたあいつを近所の人がダンボールに入れてくれてました

 顔の右側だけがつぶれてて、左から見るとまるで眠っているようでした

 よく一緒に寝てました

 布団が暑くなると俺の首の上に寝そべってたりして・・・

 夜中に外に出てるときはいつも窓は開けてたのに、あの日に限って閉めてて、しかも開けてやらなかったんです

 きれいなねこでした

 暖かい季節になるとよくゴキブリとかネズミとかの戦利品を持って自慢しに来たっけなぁ

 翌日、寒くないようにタオルで何重にも巻いて庭に埋めました

 寂しくないように子猫たちの隣に埋めたです

 子猫たちは、本当は家にねこが来てしばらく経った頃に義理の母が避妊させようって言ったんだけど、俺が反対したんですよ

 まだ若い猫だったし、一度も子供を生まないで避妊すると良くないみたいな話を聞いてたもんで

 それで近所のボス猫との間に生まれた子猫だったんですけど、ねこ(これが家の猫の名前です)が育児ノイローゼの挙句に放棄しちゃったんですよ

 で、俺も義理の母も子猫にミルクを上げちゃいけないって知らなかったんです

 ペットショップとか獣医さんに聞けば済んだことなのにそれも思いつかなくて、元気だからってそのままにしてたんです

 テーブルに載せて遊ばせたり、俺がテレビを見てると一緒になって見てたり、ミューミュー鳴いては俺の体を頭の上まで上ったり、ほんとに手のひらより小さいのによく動いてかわいくてかわいくて・・・

 それから大体1週間位して、皆一斉にお腹がゆるくなって・・・獣医さんの所に連れて行ったときには手遅れでした

 一匹一匹、もう峠だよって言う連絡を貰うたびに引き取りに行って、死んで冷たくなるまでずっと手のひらで包んでました

 そうしてやると安心するらしくて、皆最後まで戦いながらも眠るように死んで行きました

 もう力もなくて目も見えなくなっちゃってるのに、一所懸命いつもみたいに身体を這い上がろうとするんです

 ほうを当ててあげるとそれまで痙攣してたのが安心したように治まるんです

 でも、皆すぐにまた痙攣して、ミューって鳴いて・・・

 一番長い子でも朝まではもちませんでした

 子猫たちが皆死んだ後、声が聞こえなくなって心配になって降りてきたねこが必死に探し回る姿があまりにもかわいそうでした

 ねこだって子猫を死なせたかったんじゃないんだもん

 ただ、自分があまりにも若すぎて育てられなかっただけで、だから子猫たちを義理の母親のベッドの中に連れて行ったんだもんね

 俺たちだったらちゃんと育ててくれると思ったから預けたんだもんね

 育てられなくてごめんね

 知らなくてごめんなさい・・・ごめんなさい

 スズメは、親父がまだ生きてた頃に巣から落ちた雛を拾ってきたんですよ

 親父って人は子供の扱いは下手くそだったくせに鳥とかの扱いは上手くて、よく羽が折れたハトやらツバメの雛なんかを拾って来てたんですよ

 あんまり大きな声じゃ言えないですけどねぇ

 スズメもそのうちの一羽だったんです

 こいつもはじめは羽根も生えてなくて目も開いてなくて、ちゃんと育つのか心配だったんだけど餌をやるとちゃんと食べるし、足腰もしっかりしてきて最後は誰も教えてないのに家の中を飛び回るようになったんです

 俺がえさ係だったせいか家の中ではいつも俺の後をついて回って、頭に乗ってウンチしてくれたりと可愛い奴でした

 寝るとき以外は鳥かごから出してたせいもあって家の中じゅう飛び回ってたんだけど、お気に入りが俺の部屋で、その日も俺の部屋にいたんですよ

 ベッドの上の額の裏で寝てたのか俺を待ってたのかはわからんです

 学校から帰ってベッドにごろッと横になった俺の・・・本当は胸か頭のところにとまるつもりだったんだと思うんです

 体の下に入っちゃって・・・

 最後にキュッて・・・

 慌てて飛び起きたけど、もう死んでました

 よく懐いてて、でも家から放そうとしてもすぐに俺のところに飛びかえってきちゃって絶対自分から外に出ようとしなかった

 殺しちゃった・・・

 他の場所にいないときは大抵俺の部屋のタンスの上とかどっかにいるからって気をつけてたのに

 あの時に限って不注意な動きをしちゃった・・・

 お前もおドジだったねぇ

 それまでそんなドジしたことないのにねぇ

 何であの時に限って二人ともあんなことしちゃったんだろうねぇ

 かわいかったよ

 居間から一番よく見えて、花の季節には綺麗なツバキとワビスケの木の間に埋めてやりました

 ねこの時はもうこの家は売ることが決まってたんで、本当は動物斎場みたいな所にしようかとも思ったんだけど、せめて死んだ後位子猫たちと一緒にしてやりたくてそばに埋めました

 売れた後はしばらくもとの家のままだったんだけど、今では庭を潰して2軒の家が建ってます

 子猫たちのお墓を掘り起こしたくなくて、知らないところに連れて行きたくなくてあの家に残したんだけど、やっぱりペットのお墓にしたほうが良かったかなぁ

 親父が亡くなったのは俺が一浪の挙句に大学に入った年の夏でした

 5月頃だったかなぁ

 テニスのサークルに入ってて練習してるところへ大学の近所に住む従兄弟が血相変えて呼びに来て、帰ってみたら胃がんが見つかって緊急入院するからって

 それまでも検診は何度もしてたのに、若い頃からやってた胃潰瘍の細胞の下に隠れてて見つからなかったらしくて、わかったときにはもう全体に広がってた

 一旦その病院に入院したものの、そこでは手の打ちようがないっていう事で、親戚の関係で癌センターにすぐに転院させてもらえて、取れるところは全部取ったけど、太い血管の周りや腹膜にも転位してるっていう事で、できることは延命処置だけだって言うことだった

 今では割と一般的なのかもしれないけど、そのころはあまり行われていなかった直接脊椎にモルヒネを点滴するって言う方法のおかげで意識が混濁することもなく、体力が低下することもなく、抗がん剤の点滴や腹部に付けたドレンのタンクなんかを引っ張って病院の中を歩き回ったりしてて

 俺が行った時に昼飯がまだだって言うと一緒に中の喫茶店に行って俺が食べてるのを嬉しそうに見てたり・・・

 俺、子供の時に意味もなく殴られたこととかまだ忘れられてなくて、でも一緒に色んなところに行って楽しかったりしたこともはっきり覚えてて・・・

 親父っ子で親父を憎んで・・・

 素直ないい息子じゃなかったよ

 でもね、やっぱり息子だから、もしかしたら親父は俺が思ってるほど理性的じゃなくて弱い人間だったかもしれないけど、それでも俺は癌だっていうことを言ってやりたかった

 俺が病院に行く度にうれしそうな顔をする反面、何かを訴えるような目をしてたのはきっと言って欲しかったんだと今でも思ってる

 父方の叔母は何事にも消極的な人だし、俺から言わせれば親父にあまりにもおべっかを使いすぎるから正直この人に「言わないでくれ」っていわれても平気だった

 でも、義理の母に言われた時・・・

 俺は親父の息子だけれど、義理の母は親父の妻で、妻だっていう事は親父とお互いに責任を持ち合うっていう事なんだからやっぱり俺は言うべきじゃないのかも知れないと思った

 説得できなかった

 泣いて頼まれた

 言えなかった・・・

 息子の義務として言うべきだって言う気持ちと、義理の母の、親父の妻の言わないでくれっていう気持ち・・・

 医者からは手術後に余命半年って言われてた

 その頃は容態が安定してて、個室だったけどモニターは外されてた

 咳き込む力もなかったんだなぁ親父

 寝返りをうった時にドレンがふさがって、自分で吐いたものが気管に入って寝たままで亡くなりました

 本当に眠ったままの穏やかな死に顔で・・・

 あの顔を思い出すと言わなくて良かったのか、やっぱり言った方が良かったのかわからなくなるけど、少なくともあの親父の目は俺に言ってほしかったんだと

 俺以外の周りの人達は本当のことを言ってくれないから、息子である俺に言って欲しかったんじゃないかと・・・

 俺がまだ素直になれてないのは重々知っていたにしろ、俺のことを信頼して頼んでたんじゃないかと思えてしょうがないんです

 俺ね、親父と腹割って話したことってないんですよ

 元気だった頃は正直頭の上に乗っかってる重石だったし、子供の頃に殴られたコンプレックスというか、トラウマもあったし

 会社入って働くようになってから色々親父と話したいことや相談したい事もあったし、親父と真剣に話したいと思ったけど、その頃にはもういなかったもんなぁ

 もし、あの時癌だって俺が言ってあげてれば、腹割って話すいいきっかけになったかもしれないねぇ

 ほんの少しの間だけでもいい息子になりたかったよ、お父さん

 なんか疲れちゃったなぁ・・・

 親父と話したいなぁ

 こんなになっちゃった俺を見て親父はなんていうだろう・・・

 みんなに迷惑かけて、情けない息子でごめんね

 こんなになっちゃってごめんね

 ひどく疲れたよ・・・

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コメント

う~ん、奥が深いなあ。
元気な姿で親父さんと話できるように頑張りましょうよ。

最近SRXの話が出てこないんで寂しいよぉ~

投稿: うえひろ | 2007年11月25日 (日) 07時58分

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